
「ピースボート」とは、船で世界をまわるクルーズの主催などを行なう非政府組織(NGO)です。リサイクル運動市民の会静岡県の代表、山中恵美子は2000年1月から約3ヶ月間、ピースボート主催の南回り地球一周クルーズに参加しました。アジア、アフリカ、南米諸国のあちこちに援助物資を届けながら、災害や貧困などの現状を観察、現地の人々との触れ合いを体験してきました。以下はその報告です。
| その前に・・・ |
| ピースボートで旅をした山中恵美子っていったい誰? NPO法人リサイクル運動市民の会静岡県本部の理事長です。関西でプロイラストレーターとして活躍していた彼女が、17年前故郷浜松に帰って来て驚いたのは、この地域にガレージセールやフリーマーケットの文化がないことでした。それならば自分がやってしまおう!と持ち前の行動力で「リサイクル運動市民の会静岡県本部」を設立。環境について市民側の立場から考え、実行していくちょっとドジで愉快な人です。 |
| さあ、いよいよ出航です。 |
2000年1月16日、672人を乗せた船が東京晴海を出航しました。長年「リサイクル運動市民の会」の活動のひとつとして、国内外に物資援助を続けてきましたが、送った物資がちゃんと末端の人々に届いているのかが、いつも疑問でした。ピースボートは政府機関を全く通さず現地のNGOへ物資を届ける活動をしています。私も発展途上の国々の現状を見ながら、ぜひこの物資ボランティアを体験したいと思っていました。 |
| 航海のルート 東京 → 台湾 → ベトナム |
ベトナムには、ピースボート援助チームが現地NGOを通して、毛布350枚・自転車22台・衣類4トンを届けました。また、1999年11月に大洪水に見舞われたダナン郊外の4つの村を訪れるコースに参加して、生きたニワトリ1,000羽と衣類を届けました。(写真)最も胸を打ったのは、はるか昔に終わったはずのベトナム戦争が、いまだに終わっていなかったこと。大量に撒かれた枯葉剤(ダイオキシン)の後遺症で高度障害に苦しむ若者をたくさん見かけました。戦争の縮図ともいえるストリートチルドレンも増えつづけています。日本人の小山道夫さんは、「フエ子どもの家」を設立し、そんな子供たちを支えていました。 |
| ベトナム→シンガポール→マラッカ海峡→赤道通過→セイシェル→ケニア |
航海の間、さまざまな講座が行なわれました。写真は自主勉強会「エコチーム」が行なったゴミレクチャーの一場面。船のゴミは陸から25マイル離れれば全て海に投げ捨てOKという海洋ルールにショックを受けて、自らこの講座を立ち上げました。シンガポール、モルジブを経て2月6日いよいよアフリカ大陸へ入ります。にぎやかなアフリカンダンスに迎えられてケニアのモンバサ港に入港。ケニア在住の獣医、神戸俊平さんは象牙を買わない運動やマサイ族支援のNGOを主宰していました。また、民主化や人権向上のためのNGOで活躍するソマリア人マーサルさんやタンザニアの女性医師カイザさんと交流を持ち、アフリカの腐敗した政治状況や女性の地位の低さ、貧困問題の現状についての生の声も聞きました。 |
| ケニア → マダガスカル → 南アフリカ |
マダガスカルは生態系学的に珍しい島です。住民の暮らしはたいへんに貧しいものでしたが、人々は裸足でたくましく大地をかけ回り、白い歯を見せて大いに笑い、旅人の私たちに本当に優しく接してくれました。写真は南アフリカのワイン園でのスナップで、アパルトヘイトにより長い間奴隷のような扱いを受けていた黒人が初めて経営することになった農園です。白人の住むリゾートのような地区のすみにスラムのような黒人居住区がたくさんへばりついていました。やっぱり‘平等’はまだまだ遠いもののように思えます。このワイナリーにはコンピューター1台他いろいろなものを届けました。 |
| 南アフリカ → ブラジル |
ケープタウンから10日かかってリオデジャネイロに到着。ブラジルはカーニバルを控え、サンバの渦でした。ここではマンゲイラ地区のスラムにパソコンを101台贈るというコースに参加しました。写真はパソコンを船からおろすところ。なぜスラムにパソコンなのか?それは、貧困地域の子供が引き起こす犯罪は大きな社会問題で、子供たちが最下層からはい上がるために「人生を変える武器」であるコンピューター学校を設立したのがNGO‘CDI’のバッジオさんです。しかし、パソコンそのものが足りないのだそうです。ピースボートチームはこのほかに文具、がん具、衣類などをサンマルチーニョ慈善協会に届け、日本からの訪問は周囲の人々に彼らの活動が認められることなのだと感激されました。 |
| ブラジル→アルゼンチン→マゼラン海峡→南極氷河→チリ→イースター島/font> |
氷河のパタゴニア水道を船はゆっくりと進みます。「世界の最果て」の地域で人間の気配のしない静寂さを堪能します。救助用テンダーボートで何百万年前の氷を取って、オンザロクッを味わう企画に参加。左はその写真。イースター島は環境保の全ため自動車禁止。観光客はのんびりと馬でモアイ像を見物していました。 |
| タヒチ → フィジー → ラバウル沖 → ミクロネシア |
| タヒチのガビさんはフランス核実験に反対するNGO‘ヒティ・タウ’の代表。環境、人体への悪影響だけでなく、壊されたタヒチの経済的自立を叫び、植民地根性の克服を目指していました。 ラバウル沖では、乗客有志で洋上慰霊祭が行なわれました。帰らぬ肉親が軍艦や戦闘機とともに沈んだこの海をひと目見たくて参加した方たちもいました。 |
| 3ヶ月の航海を終えいよいよ日本へ |
「文化」の根本は大地と融合し、動物、虫、植物などと対等であるのが最高。物質文明を目的化せず心の豊かさ、精神の発達こそが真の人類。「自分が自然であることを認識しよう」と言ったアマゾンの先住民族アユトン・クレナックの言葉が思い出されます。アフリカのカイザ、タヒチのガビも同じことを言っていました。日本の今の子供たちに足りないものが3つあるといいます。(1)夢を見ること,(2)冒険をすること,(3)友達や周りと連帯を持つこと。時代の流れが速すぎて、物質文明に目がくらみ、日本人は大切な根本を忘れてしまったのでしょうか。(写真はブラジルの子供たち) 肌寒い東京湾に入ると青かった海が茶褐色に変わり、皆ショックを受けながら懐かしのレインボーブリッジをくぐりました。4月14日正午、船は散りかけた桜が舞う晴海港に無事着岸しました。 |
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| ★感動するほど美しかった喜望峰をバックに |
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